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県戦没者追悼式にて
 きょう7日、埼玉会館にて県主催の戦没者追悼式が行われた。
 私も県議会議員の一人として、式典に参列し、先の大戦で犠牲となられた方々のご冥福を祈るとともに、不戦の誓いを新たにした。
 この日の式典には、上田知事や鈴木県議会議長、遺族の方々など数百人が参列した。
 冒頭、上田知事が「戦没者がかけがえのない命をもって示された平和の尊さを深く心に刻むとともに、次の世代に継承するために努力していくことが我々の使命だ」と、式辞を述べた。
 私は3年前、平和の尊さをかみしめる、一人の男性を取材したことがある。
 函館市在住の池上謙一さん。池上さんは太平洋戦争真っ只中の1943年、慶應義塾、早稲田両大学野球部による学徒出陣の壮行試合、いわゆる「最後の早慶戦」でベンチ入りした慶應野球部のメンバーの一人だ。
 池上さんによれば、当時、「2度と野球ができなくなる。戦地に赴く前に早稲田と野球がしたい」と、慶應が申し入れ、壮行試合が実現したそうだ。
 試合は早稲田が勝利したが、試合後、両チームの選手たちは口々に「次は戦場で会おう」と声を掛け合ったという。
 出陣した出場選手のうち、慶應側は全員が生還したが、早稲田側には戦場で散った選手もいた。池上さん自身は陸軍に入隊し、北海道内で終戦を迎えたという。
 そんな池上さんは取材に「大学生から、野球をする自由や楽しさを奪う戦争を2度と起こすべきではない」と強調していたことが、私の脳裏に焼き付いている。私はきょうの式典に参列しながら、当時の取材の様子などを思い返していた。
 恒久の平和を願うだけでなく、その実現のために行動すること。そして、戦争という悲惨な行為を決して繰り返さず、平和の尊さを、しっかりと次世代に伝えるべく、責任を果たすこと。政治家の一人として、しっかりと取り組んでいこうと思う。
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[2011/11/07 20:24] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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