スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[--/--/-- --:--] | スポンサー広告 | page top
一体、誰の過失なの?
遺族の皆さんにとって、とてもじゃないが、納得できる判決ではないだろう
私が遺族であるなら、断じて許すことができない結論である。
昨日11日、JR福知山線の脱線事故をめぐり、神戸地裁はJR西日本前社長に「無罪」判決を言い渡したのだ。経営幹部に対して過失責任が問えないという、何とも不可解な現実。かつて、司法取材に携わった一人として、憤りを感じざるを得ない。
朝日新聞の記事によれば、判決は、JR西日本の安全対策の取り組みに苦言を呈しつつも、前社長は事故発生に関する危険性を認識していなかったと結論づけたという。
加えて、朝日新聞の記事では、検察側が主張した「いつかは起こりえる」という危惧感程度では、個人の刑事責任は問えないという裁判所の立場を明確に示したといえる、とある。
これは、まったくもって浮世離れしたものと言わざるを得ない。鉄道がもし事故を起こせば、大惨事になるのは、今回の脱線事故が証明している。100%の安全が保障されなければならないのではないか。少なくとも、その安全を保障できるだけの対策が十二分に講ぜられてしかるべきである。しかし、判決が示している通り、安全対策は十分ではなかった。
市民感覚の常識で考えれば、「(事故が)いつかは起こりえる」というのは、鉄道事業者にとって、かなり重要な危惧の認識ではないのか。裁判所が現実に即した判断を導かなかったことが、残念でならない。
それと、もう一つ。今回の裁判で浮き彫りになったのが司法体系の不備であろう。
経営幹部の関与・責任を立証できず、罪に問えないならば、せめて、会社組織の罪を問えるような形にしないと、いけないのではないか。関連法制の改正は待ったなしである。
朝日新聞の記事によれば、次男を失った男性の言葉が、ぐさりと胸に刺さる。
「これで無罪なら、今後、どんな事故が起きても無罪になる。今の裁判のあり方や法律ではだめだ」と。
遺族の悲痛な叫びを、JR関係者や司法関係は真摯に受けとめるべきではないのか。
スポンサーサイト
[2012/01/12 19:45] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
<<病気にならない秘訣 | ホーム | 頑張れ、県立高校>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバック URL
http://araikazunori.blog91.fc2.com/tb.php/114-c0cf68cb
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。