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あきれた発言
ただただ、あきれるばかりである。
田中聡沖縄防衛局長の、女性や沖縄県民を侮辱する不適切な発言への率直な感想だ。田中局長は更迭されたが、当然の処遇であろうと思う。
田中局長は、報道陣との懇親の席で、酒が入ったうえで、オフレコ(報道しないこと)を前提に不適切な発言をしたそうである。
私もこれまでの記者生活で、オフレコ取材はたくさん経験がある。しかし、例えば、交渉事で妥結前に記事にされては困るので、「記事化はちょっと待ってほしい」という意味でのオフレコが主である。今回のオフレコとは本質的に違う。
仲井間知事が「県民の尊厳を傷つける」と怒りを露わにしたが、当然の反応だろう。
どうしてこういう人物が、こんな要職に就いていたのか、不思議でならないが、官僚世界は究極の年功序列だから、当然といえば当然の順送り人事だったのであろう。年功序列の弊害が、こうした形で表面化したのは残念でならない。
それにしても、民主党政権の迷走ぶりはあまりにひどい。現防衛相は就任時に、自らは素人といった趣旨の発言をしたばかりである。普天間問題に影響を与えるのは不可避であると思う。
今は国難の時代だ。日本のしっかりとした針路を示せないようでは、野田政権にはご退場願うしかないのではないかと思う。
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[2011/11/30 19:55] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
宮城の被災地にて
昨日から2日間、自民党埼玉県議団の一員として、東日本大震災の被災地である仙台市と南三陸町を視察し、発災から今日までの復旧状況などについて、説明を受けてきた。
仙台市では、震災廃棄物の処理を学ぶため、宮城野区(大きな津波被害を受けた地域)の蒲生搬入場と、場内にある仮設の焼却炉などを視察し、さらに、宮城県警災害警備本部からは、県内の被害状況や警備体制などの報告を受けた。
警備本部によれば、本部内では主に「行方不明者対策部」が文字通り、行方不明者の捜索に当たっていたが、5月に入って、新たに「被災地治安対策部」を設置し、被災地域のニーズ把握や被災地の治安確保に努めたという。これまでに延べ110万人を投入し、対策に全力を尽くしているという。
また、南三陸町では佐藤仁町長とお会いすることができ、直接、お話を伺った。
佐藤町長によれば、町内7割の家屋が壊滅し、電気で3ヶ月、水道で5ヶ月、復旧に要したという。
一時期は9500人が避難所生活を強いられ、「町民は水も電気も情報もプライバシーもない生活だった」(佐藤町長)。
また、課題が山積する中で、「熟慮しての決断ができず、その場その場で決断を迫られた」と語り、リーダーがいかに、責任をもって決断できるか、その大切さを強調していた。
実は南三陸町にお邪魔するのは、ボランティア活動で訪れたお盆以来。3ヶ月でどの程度、前進したのか、気にかけながらの町内視察だった。
至る所にある瓦礫の山、壊れたままの水門、3階建ての警察官舎の上には乗用車が乗り上げたままだった。3か月前とほとんど変わらぬ光景。復興の道のりは長く、険しい。そう思わざるを得なかった。
ただ、明るい兆しもあった。マチの基幹漁業である養殖漁業が徐々に再開していることだ。
あの津波で、養殖施設は全壊した。しかし、その後の漁業者の努力により、ワカメや銀鮭の養殖が始まったことを耳にし、我がことのようにうれしかった。
今回の視察では、自民党宮城県連の会長代理を務める高橋長偉さんからも、お話をうかがうことができた。高橋さんは「政府の対応は遅い」と強調し、「政府は国家や国民を守るのが本来の責務であるのに、それを果たしていない。政府の体をなしていない」と憤りの言葉を語った。さらに「10年で復興できるのか不安だ」とも。高橋さんは、南三陸町出身の県議会議員であったため、その言葉は切実であり、重みを感じた。我々も出来る限りの支援を継続していく必要があると、あらためて痛感した視察であった。
[2011/11/29 18:19] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
見事に優勝
 本日、開かれた「第9回埼玉B級ご当地グルメ王決定戦inきたもと」で、我がマチ・北本市から出品した「真っ赤な誘惑北本トマトカレー」が36品の中から、見事に優勝した。
 地元の人間として、こんなにも嬉しいことはない。
 実は、行列の出来具合が気になっって、午前8時過ぎには会場に到着していた。
 午前10時開会なのに、優勝経験のあるB級グルメ、例えば、「草加小松菜チヂミバーガー」などにはすでに長い行列ができていたのには、正直、驚いてしまった。
 結果的に、優勝できたということは、それだけ、トマトカレーの味や開発にかけた熱意に対する正当な評価をいただけた証だと思う。
 トマトカレーに携わったすべての人にあらためて御礼を申し上げたいと思う。「本当にありがとうございました」
 本日の優勝で、北本の名があらためて、全国に向けて発信できたと思う。マチおこしの良い機会になった。これは、とても素晴らしいことだ。
 北本は今、観光100万人構想を掲げている。来春には江崎グリコの北本工場が操業予定で、今後、観光客は増えるのではないかと大いに期待している。
 構想実現に向け、今日の優勝が良いスタートラインになった。あらためて、そう思っている。
[2011/11/26 16:25] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top
いよいよB級グルメ決定戦
 「待ちに待った日がついにやってくる」
 今の気持ちを言葉で表すならば、そんな心境だろうか?
 あす26日は「第9回埼玉B級ご当地グルメ王決定戦inきたもと」の開催日だ。
 私の故郷・北本に、県内各地から郷土色豊かな「庶民の味」36品が勢ぞろいする。考えただけで、ワクワクしてしまう。
 私はこれまでの新聞記者生活で、いろいろな土地を訪れ、その地その地で「自慢の食」を味わわせてもらってきた。長い間に培ってきた歴史や伝統、文化…、そういったものが各地のB級グルメには染み込んでいる気がしてならない。作り手の顔が見える味、とも言えよう。
 近年は、B級グルメを町おこしの起爆剤に、という自治体も目立つ。そうした中で、静岡県の富士宮やきそばであるとか、山梨県の鳥モツ煮であるとか、全国メジャーになったメニューもある。
 明日は、それぞれのマチが、自慢の味を披露し合う場だ。全国に向けて発信する絶好の機会と考えて、各自治体に頑張ってもらいたいと思う。
 ところで、我が北本からは「真っ赤な誘惑 北本トマトカレー」が出品される。北本の特産品トマトをふんだんに使ったカレーだ。優勝してもらいたいのはもちろんだが、この大会を機に、「北本にトマトあり、埼玉にトマトあり」をしっかりとPRしたいと考えている。
 あすは7、8万人が来場する見込みのようだ。
 来場者の皆さんには、北本の素晴らしさを存分に味わってもらえればと考えている。
[2011/11/25 18:28] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
南三陸町への思い
 昨日、北本市レクリエーションの集いに参加していた時のことである。
 ある市民の女性が私のところに駆け寄ってきて、「南三陸に何度も行っていただいたんですね。本当にありがとうございます」。涙ながらにそう語りかけられた。
 聞けば、この女性は、東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県南三陸町の出身だそうだ。
 あの津波で、実家は流されてしまい、おばあちゃんは運良く難を逃れたものの、その後、避難生活中に息を引き取ったという。
 私はこれまでに2度、南三陸町に足を運んだ。1度目が4月下旬で、その時は炊き出しボランティアを行ってきた。もう1度が8月のお盆の時期。この時は、がれき処理と養殖漁業で使う漁具づくりのボランティアを行ってきた。
 実際に現地を見て回って痛感したことは、先日、発行したばかりの県政報告第2号でも触れたが、一日も早い復興のためには、もっと国が主体的に取り組まねばならないということである。
 実は来週、自民党県議団の一員として、仙台市と南三陸町に視察に行く。
 現地では傾斜地崩壊現場や沿岸がれき処理場などを視察し、状況説明と報告を受けた上で、意見交換をする予定となっている。
 今回の視察では、現地の要望が何であるのか、しっかりと聞かせていただいた上で、その実現に向けて政策提案などを積極的にしていきたいと考えている。
[2011/11/24 18:01] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
政治家に必要なもの
 昨日、自民党埼玉県連の青年部研修会が東京・永田町の党本部であり、お二人の先生、林芳正参議院議員と自民党政調会調査役の田村重信さんにご講演いただいた。
 林議員からは「日本のこれからの行方」と題し、TPPや消費税論議をめぐる政府の稚拙ぶりについて、貴重なお話を聞かせていただき、田村さんは「自民党と民主党の相違点」について語ってくださった。
 その中で、田村さんからは、政治家としての心得を学ばせていただいた。
 田村さんはこう強調された。「政治家に必要なものは『信』である」と。
 政権交代後、民主党が有権者に失望を与えてしまった理由は、マニフェスト違反を繰り返したことで、信頼や信用を失ったとの分析であった。
 「言ったことは、どんなに苦しくても、必ずやり遂げる。それが自民党の政治であり、そうすることで、信頼や信用を得てきた」との田村さんの指摘は、まったくその通りだと思った。
 小泉元総理は論語を引いて「民信無くんば立たず」としばしば説いた。
 考えてみれば、田中角栄元総理が地元民にあれだけ信頼されたのは、口にしたことは必ずやり遂げた、その姿勢にあったのだろうとつくづく思う。
 私も一人の政治家として、北本市民のみなさんに信頼され、信用されるよう、日々精進しなければ。
 あらためて、そう思った研修会であった。
[2011/11/23 17:40] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
タバコのマナー
 今朝の北本駅西口での街頭活動での出来事である。
 高校、大学の先輩が駆け寄って来てくれ、「県議にお願いする案件じゃないかもしれないけれど…」と切り出された。
 聞けば、北本駅西口にタバコを吸うスペースを作ってくれないか?という要望だった。
 言われてみれば、北本駅東口には南側の一角に、タバコを吸う場所がある。しかし、西口にはない。
 先輩の主張は以下のようなものだった。
 「自分もタバコを吸う。だから、吸える場所があれば便利だ。しかしながら、もっと大きな問題がある。西口の周辺はタバコのポイ捨てが酷すぎる。自分は携帯用の灰皿を持っているが、持っていない人が多いんじゃないか?これはマナーの問題だ」と。
 そう言われて、自分も今朝、北本駅西口に立つ前、ポイ捨てされたタバコを2本ほど拾ったことを思い出した。確かに、マナーが酷すぎる。
 駅というのは、ある意味で、そのマチの顔だ。他の自治体から電車に乗って来た人々が、降り立つや否や、タバコをポイ捨てされた駅前を目にしたら、どう思うだろうか?
 きっと、良い印象は持たないであろう。マチの顔を汚す行為は決して許されないと思う。
 北本駅周辺ではいつも、シルバー人材センターの方々が早朝から、清掃活動に取り組んでくださっている。そうした方々への感謝の気持ちがあれば、決して、ポイ捨てなどできないと思うのだが…
[2011/11/21 19:40] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
ツイッターの有効活用法
 先日、読売新聞埼玉版で興味深い記事を読んだ。
 大規模な自然災害が発生した際の緊急連絡手段として、ツイッターを活用する動きが教育現場で広がり始めているという。
 読売新聞によれば、3月11日の東日本大震災の際、越谷市立大袋中学校が、以下のようなツイート(つぶやき)をしたという。
 「生徒は教室待機中です。けがはありません」
 「お引き取りが可能な保護者の方はお越し下さい」
 「生徒は全員学校を出ました」
などと、生徒の安否や学校の状態を計6回にわたり、こまめにつぶやいたそうだ。
 こうした学校側の取り組みが奏功し、約380人の全校生徒は混乱なく下校できたという。
 自分自身のことを振り返っても、震災当日は通信手段(携帯電話)が遮断されたことで、大変困った記憶がある。知人、友人の安否を確認しようにも、携帯電話が一切、つながらなかったからだ。
 実は、11年前の北海道・有珠山噴火の際も同じようなことがあった。目の前の山が噴火し、その状況を上司に報告しようにも、携帯電話がつながらず、連絡手段が途絶えてしまったのだ。
 読売新聞によれば、越谷市立大袋中学校以外でも、「ツイッターを活用しよう」との機運があるという。特に、近年はプライバシー保護の観点から緊急連絡網を作ってこなかった学校もあるらしく、保護者に確実に情報を伝達できる手段として、ツイッターは有効であるようだ。
 ただ、読売新聞によると、教育現場でのツイッター利用には、電話連絡網やメール送信などと異なり第三者にも見られることから、個人名を掲載した場合に問題が起きることを懸念し、利用をためらう学校があるのが実情だという。確かに、その通りだと思う。だからこそ、運用方法を細かく取り決めるなどの対応が必要になると思う。


 
[2011/11/17 18:42] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
百年後の石戸村
「政治家、かくあるべし」。
 先日、ある勉強会に読んでいただいて、あらためてそう実感した。
 石戸村(現在の北本市石戸周辺)の歴史などについて学ぶ学習会でのことだ。
 昭和6年1月1日発行の「石戸村報第壹號」。この中で、当時の田島長蔵村長は「百年後の石戸村」と題し、こう語っている。
 以下はその引用である。
 「我が村に只今村基本財産、小学校基本財産、罹災救助資金を合計すると全額壹万八千円あります是れを五分利の計算で百年据置利殖すると驚く勿れ二百五拾萬円の巨額となります(中略)村税は一文も徴収せずして」
 その上で、村民が享受するメリットをこう記すのである。以下は引用である。
 「一、村立病院が出来村民は無料で治療が出来ます
  一、怠け者は駄目ですが働いても不幸や災難に遭へば助けて貰へます
  一、働き者で資力の無い者には生業資金が貸出されます
  一、人を羨み人をねたむ不平不満の者が無くなり眞に多幸せ夛幸夛福なる理想の村となります」
 村や村民の明るい将来を真剣に考える村長の思いが、ひしひしと伝わってくる。政治家はともすれば、目先のことばかり追求しがちだ。そんな中で、村の行く末にしっかりと責任を持とうとする姿は政治家の鏡ではないかと思う。私も大いに参考にさせていただいている。
 一方で、野田総理はどうだろうか。日本の将来をこうしたいというメッセージがまったく伝わってこない。
 国論を二分しているTPP問題ではついに、参加に向けた協議入りの意向を表明したが、今もって、何がメリットなのか、そして、何がデメリットなのか、野田総理から国民に向けた説明はなされないままだ。消費増税問題もそうだが、所信表明演説などで何にも触れないまま、外国要人には、消費増税の方針を明らかにする。
 野田総理は、どちらを向いているのだろうか?少なくとも国民のほうを向いていないことは、これまでの行動から明白である。
 自らの考えがあるなら、もっと発信してほしい。それは私のみならず、国民すべての思いではないだろうか。

[2011/11/15 11:46] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
お茶会に招かれて
 時は11月中旬。「文化の秋」と呼ばれるだけあって、北本市内でも文化団体の行事が多く、本日13日も、いろいろな団体にご招待いただいた。
 このうち、北本茶道協会に呼んでいただき、秋の茶会の席にお邪魔した。
 茶会に出席するのは初めての経験だけに、作法に関しては不案内であり、極めて難しいという印象を持っていた。
 しかし、長い歴史の積み重ねで、現在の点前があると考えれば、茶道の作法というのは、洗練されたものである上で、すべてが理に適っており、一切の無駄がないものなのだろうと思った。
 ところで、気がかりなことがあった。
 お茶を美味しくいただいた後で、現在の茶道人口がどれくらいなのか伺ってみたところ、以前に比べて、茶道を学ぼうという人は減っているとのことだった。
 これはある意味、危機的な状況だと思う。
 私は保守の政治家として、日本の古き良き伝統文化をしっかりと守り、後世に継承していくのが、自らに課せられた役目だと思う。
 現在の日本を見ると、伝統文化をないがしろにしている場面が多いように感じる。それが今の日本の荒廃を生んでいるのではないか。私にはそう思えてならない。
 まずは学校の教育現場で、日本古来の伝統文化をしっかりと学ばせる。
 それこそが今、重要ではないかと思っている。
[2011/11/13 17:27] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
新潟県にて視察活動
 所属する県議会の県土都市整備委員会で10、11の両日、新潟県にて視察活動を行った。
 今回、視察したのは、南魚沼市の景観行政と、新潟市の信濃川河口部分の両岸で結ぶアンダーパスである臨港道路などだった。
 南魚沼市での視察は、景観行政の推進に関する調査で、地域資源を活かしたマチづくりについて学んできた。
 南魚沼市の旧塩沢町中心市街地にある牧之(ぼくし)通り。ここは、旧三国街道沿いの宿場町として栄えた歴史と文化のある商店街だったそうだ。
 しかし、近年の無秩序な改装などよって、昔ながらの街並みの魅力を失ってしまったそうだ。地域全体の停滞を招いてしまったという。
 こうした状況に危機感を憶えた地元商店街の有志が立ち上がり、街並み整備を始めたそうだ。「塩沢らしいまちを作り直したい」。そんな思いだったという。
 具体的には街路事業(道路改良)に合わせて、建物を改築。家屋を2メートル下げて、道路の側道部分に当たる私有地部分には雁木(雪よけのひさし)を設置、家屋も昔ながらのものに建て直したという。建築物の意匠の統一や、色彩の制限などデザインルールを取り決めたことで、地域に一体感と統一感が生まれている、と実感した。
 もともとのコンセプトは「雪国の歴史と文化を活かすまちづくり」だったという。
 地元の組合長の中島さんは「まちづくりとは、非日常の異次元空間の演出、創出であり、ロマンと物語が必要だ」と力説されていた。まったくその通りだと思った。
 埼玉県のみならず全国各地に、停滞に悩む商店街が存在すると思う。
 一度、視察してみてはどうだろうか。きっと、参考になると思う。

 




[2011/11/12 23:32] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
いよいよ町議選スタート
あす10日、地方議会議員の選挙がいよいよ告示される。
とは言って、埼玉県内の話ではない。東日本大震災で大事故を起こした東京電力福島第一原子力発電所がある福島県双葉町や大熊町などの町議会議員選挙だ。福島県議選も告示される予定だ。
特に双葉町は、全域が原則立ち入り禁止の警戒区域である上、役所機能ごと加須市の旧騎西高校に避難しているといった特殊な事情があり、同じ政治家として他人事とは思えないでいる。
本日の新聞報道などによれば、選挙戦の争点には、東電への賠償請求問題への対応や、町の復興に向けた構想などが浮上しそう(読売新聞より)だという。ただ、町民がそれぞれ別の場所へ避難するなどしており、有権者にどう、主張する政策を浸透させるか、立候補予定者の人たちは苦慮しているという。
ただ、考えようによっては、立候補予定者にとって、今回の選挙は人物本位、政策本位で選ばれる絶好の機会であり、民主主義の真価を試す、またとない機会であるとも言えそうだ。
なぜなら、以下の理由による。(読売新聞からの引用)
有権者からは「顔見知りに投票する選挙から、真に働いてくれる人を選ぶ選挙に変わる」との声も聞かれる。
政治家が真に働くためには、目指すべき将来像と、それを実現するための方策(政策)をしっかりと示さなければならないだろう。立候補予定者にとって、腕の見せ所であるとも言える。
今回の原発事故を受けて、双葉町民の皆さんの政治に対する期待はまたとないほど、高まっているのではないか。その期待をしっかりと受け止められる候補者を選んでほしいと思う。

[2011/11/09 19:40] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
埼玉の森林を学ぶ
 きょう8日、我々自民党の一期生有志が、寄居林業事務所の案内で、秩父地方の森林土木工事を視察した。県内各地でぜひ、実現してみたいと思うえるような工事もあり、有意義な一日をすごすことができた。
 この日、見学したのは、地滑り対策の工事中だった山や、スギの伐採現場、伐採したスギを材料に小学校の内装を木質化する工事などだった。
 このうち、東秩父村立東小学校の内装木質化は非常に興味深かった。
 東小学校は昭和57年建築で、築29年になる3階建ての鉄筋コンクリートの建造物。改修の必要に迫られたことから、昨年度に設計に取り組み、この夏に内装木質化の工事を終えたという。近くの山林で伐採されたヒノキやスギを材料に、床や壁、教室の扉のほか、用具入れなどに加工したという。
 児童入口からお邪魔すると、きれいな木目の壁や床が目に飛び込んできて、木の香りがとても心地良い。案内してくださった村教育長の高野勉さんによれば、木質化の狙いは、児童への情操教育、調温・調湿効果、地元木材の有効活用だという。「環境に優しく、これからの冬も暖かくて良いです。木に囲まれたおかげで、議論も柔らかなものになりますよ」と、高野さんは笑顔を見せた。児童たちは実際に、森林の伐採現場にも行き、切り株の年輪を数えたりと、本物の樹木に慣れ親しむ現場での学習も行っているという。
 埼玉は西川スギに代表されるように、県西部の山林地帯を中心に樹木が豊富な県だ。地産地消の観点からも、教育現場の木質化は素晴らしい取り組みである。また本物の木に慣れ親しむということは、自然の成り立ちを学ぶことにもつながり、子供たちの教育上、メリットが大きいように思う。
 高野さんによれば、学校の内装木質化の取り組みは、ときがわ町などですでに始まっているという。実際に視察し、県内の他自治体でも導入を図りたいと思うとともに、教育現場と林業を結びつける接点を見つけることができたという意味においても、有意義な視察であった。
 
[2011/11/08 19:50] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
県戦没者追悼式にて
 きょう7日、埼玉会館にて県主催の戦没者追悼式が行われた。
 私も県議会議員の一人として、式典に参列し、先の大戦で犠牲となられた方々のご冥福を祈るとともに、不戦の誓いを新たにした。
 この日の式典には、上田知事や鈴木県議会議長、遺族の方々など数百人が参列した。
 冒頭、上田知事が「戦没者がかけがえのない命をもって示された平和の尊さを深く心に刻むとともに、次の世代に継承するために努力していくことが我々の使命だ」と、式辞を述べた。
 私は3年前、平和の尊さをかみしめる、一人の男性を取材したことがある。
 函館市在住の池上謙一さん。池上さんは太平洋戦争真っ只中の1943年、慶應義塾、早稲田両大学野球部による学徒出陣の壮行試合、いわゆる「最後の早慶戦」でベンチ入りした慶應野球部のメンバーの一人だ。
 池上さんによれば、当時、「2度と野球ができなくなる。戦地に赴く前に早稲田と野球がしたい」と、慶應が申し入れ、壮行試合が実現したそうだ。
 試合は早稲田が勝利したが、試合後、両チームの選手たちは口々に「次は戦場で会おう」と声を掛け合ったという。
 出陣した出場選手のうち、慶應側は全員が生還したが、早稲田側には戦場で散った選手もいた。池上さん自身は陸軍に入隊し、北海道内で終戦を迎えたという。
 そんな池上さんは取材に「大学生から、野球をする自由や楽しさを奪う戦争を2度と起こすべきではない」と強調していたことが、私の脳裏に焼き付いている。私はきょうの式典に参列しながら、当時の取材の様子などを思い返していた。
 恒久の平和を願うだけでなく、その実現のために行動すること。そして、戦争という悲惨な行為を決して繰り返さず、平和の尊さを、しっかりと次世代に伝えるべく、責任を果たすこと。政治家の一人として、しっかりと取り組んでいこうと思う。
[2011/11/07 20:24] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
北本まつり2日目
 きょう6日は北本まつり2日目。北本中学校の校庭を会場に「産業まつり」が開催された。
 この祭りは商工業者や農業従事者の方々が出店したり、また、北本市内の文化団体がステージを披露したりと、企画盛りだくさんのイベントだ。
 会場の一角では、北本商工会青年部が薪ストーブで焼いた手作りピザを販売しており、私も所属する商工会青年部の一員として、橙色のつなぎを着て、ピザ焼きを担当した。
 今回、嬉しかったのは、我々の趣旨に賛同してくれた、北本のイタリアンレストラン「クッチーナD」さんが協力してくれたことだ。書き入れ時の土曜、日曜を休業し、我々のブースで一心不乱にピザ生地づくりに励んでいただいた。この場を借りて、改めて御礼を申し上げたいと思う。
 実演さながらに、お客さんの目の前で薪ストーブを使ってピザを焼くという物珍しさも手伝ってか、ピザは飛ぶように売れた。土曜、日曜の2日間で200食以上を販売することができた。おしそうにピザを頬張る親子連れの姿は、ほほえましくもあった。
 今回の北本まつり。初日の宵まつりには約5万7000人が来場し、今日の産業まつりはまだ、来場者数は分からないが、相当数の市民の方が来場してくださった。
 祭りを大きくするのも、小さくしてしまうのも、結局は市民の皆さん次第だと思う。今回、実際に来場される方々の姿を観て「こんなにも故郷・北本を愛してくださる方々が大勢いるのか」と思うと、嬉しくなった。
 今月26日には、B級グルメ選手権が北本で開かれる。北本をPRする絶好の機会だ。
 多くの県民の皆様にご来場いただき、ぜひ、北本の素晴らしさを体感して頂ければと思う。
[2011/11/06 23:45] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
北本まつり開幕
 北本まつりが5日、開幕した。
 昼過ぎのオープニング行事で交通安全パレードに参加し、北本駅西口の目抜き通りを練り歩いた。
 そして、夕方からの宵まつりでは、姉妹都市である会津坂下町のねぶたや、青森県弘前市のねぷた、さらに地元のコミュニティによる囃子山車など20数基が勇壮に練り歩くさまをじっくりと見学させてもらった。
 それにしても、あまりの人の多さにただ驚くばかりであった。約5万人が参加しているそうだ。
 北海道新聞社に勤めていた10年ほど、地元を留守にしていたので、北本まつりへの参加は本当に久しぶりだったが、「こんなにも多くの人々が地元の祭りに関心を抱いてくれているのか」と思うと、嬉しくなった。家族連れや、友人同士、また、若いカップルなど、大勢の人たちが、心行くまで祭りを楽しんでいる姿を、あちこちで目にすることができた。
 宵まつりの冒頭のあいさつで、私は「みなさんの熱気を東北の震災地に届け、東北の皆さんに、元気や活力を与えることができればと考えています」と話させてもらった。きっと、北本からの熱気が現地に届いたのではないだろうかと思う。
 あすは、2日目の産業まつりだ。商工や農協のバザールやアトラクションなどで、あすもまた賑わうことだろう。今夜から雨模様となったのが気がかりで、問題は天気だけだ。
 今年も北本まつりをぜひ成功させるため、北本市民の皆さん、近隣自治体の皆さん、あすもぜひ、ご来場していただきたく思う。北本まつりを埼玉のみならず、日本を代表する祭りにしたいと心の底から思う私からのお願いである。
[2011/11/06 00:04] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
大物政治家
 きょう、とても重みのある言葉を聞いた。
 私の事務所を訪ねてこられた、ボランティア関連団体で役員を務める男性が発した一言である。
 「難局を大きく打開したり、世の中を大きく改革できるような、大物の政治家が昔はいたんだけど、今は、そんな政治家は国にいないね」と。男性はそう語り、なんとも複雑な表情を浮かべるのだった。
 この男性は80歳代。太平洋戦争にも出陣し、生き延びて、戦後60年余の世相を自分の目で見てきた人の言葉だけに、ずしりと私の胸に響いた。
 政治家に必要なのは、この日本が進むべき針路をしっかりと示し、存分に官僚に働いてもらい、最終的に責任はすべて自分が取る。これに尽きると思う。そのために、政治家に必要な資質は胆力だと思う。
 これまで、いろいろな書物を読み漁ってきたが、確かに、戦後の日本を支えてきた、名を残したような政治家には胆力があったのではないだろうか。自らの命を賭けて日中国交正常化を進めた田中角栄元総理などは、その好例だ。そして、そんな胆力をもった政治家が昔はたくさんいたと思う。
 しかし、今はどうか…。
 私も、胆力を持った政治家となるべく、日々、精進していこうと、そうあらためて思った一日であった。
 
 
 
 
 

 
[2011/11/05 00:06] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
再掲 緊張感をなくした?野田総理
 先日、表題のタイトルで執筆したブログが、なにかの手違いでアップされていなかったので(たぶん、私の操作ミス)、改めて、表題のコラムを再掲したいと思います。
先月31日の国会で、野田総理がやってはならない大失態を犯してしまった。
 所信表明演説に対する衆院での代表質問で、わが自民党の小渕優子議員が取りやめた質問事項に対して、なんと答弁をしてしまったのだ。
 小渕議員は当初、南スーダンでの国連平和維持活動(PKO)についての質問をしようとしたが、それを取りやめ、質問取り下げの通告も事前に政府サイドにしていたという。
 これでは、野田総理が官僚が用意した原稿をただ、漫然と棒読みしていただけ、と言われても、言い訳はできないであろう。国会という国権の最高機関で緊張感を欠く行為であり、大いに反省すべきことだと思う。
 代表選を戦っていたころの野田総理は、自らの考えや思いを、自らの言葉で語っていたと思う。自らを「どじょう」に例えた話などは、その良い例であろう。あれから、まだ2か月。早くも官僚の操り人形と化してしまったかのようだ。
 聞くところによれば、野田総理はマスコミの取材にもほとんど、応じないという。TPP問題や沖縄普天間基地問題など、待ったなしの課題が山積しているのに、総理の考えが我々国民に伝わってこない。これはきわめて深刻な事態だと思う。
 野田総理には、血の通った生の声をもっと積極的に発してもらいたいと思う。
[2011/11/04 11:59] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
圏央道の建設現場にて
 私が県議会で所属する圏央道建設・沿線地域整備促進議員連盟で1日、首都圏中央連絡自動車道(圏央道)の建設地を視察した。現場を見て回り、あらためて早期開通の必要性を認識した一日となった。
 この日、視察したのは、私の地元・北本市で、JR高崎線の下をくぐるアンダーパスとなる二ツ家地区、菖蒲パーキングエリアの予定地、東北道と交わる久喜白岡ジャンクション、それと、幸手インターチェンジ予定地の計4か所だった。
 最初に訪れたJR高崎線の二ツ家踏切付近。現場は掘り割りとなるため、ショベルカーによって掘られた土を積んだ大型ダンプカーが慌ただしく行き交うなど、工事が急ピッチで進められている様子だ。
 現場で国交省関東地方整備局の担当者が説明してくれた話によれば、当初の予定は平成24年度開通だったが、「用地買収の遅れなど諸般の事情があり」(担当者)、平成26年度以降の開通に見直されたとのことだった。
 この担当者によれば、二ツ家の交差部分は平成26年8月に完成できそうとのことで、我々、議員連盟側が「平成26年度以降と言わず、26年度中の開通を」と強く求めると、「26年度に開通できるよう、なんとか頑張りたい」との前向きな答えをいただくことができた。
 私の地元・北本市に限らず、この圏央道の開通が、首都圏の発展に大きく貢献することは間違いないと思う。交通渋滞の緩和や、首都圏の機能再編成、産業活力の向上など、様々な面でメリットがあるはずだ。さらに、災害時の緊急輸送道路としても、その役割を大いに発揮すると思う。
 「首都圏の豊かな明日を拓く」ため、一日も早い開通を願い、今後、精力的に国などへの要請・要望活動を行っていこうと強く思った。
 


[2011/11/02 00:18] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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