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南三陸町にて②
 ボランティア活動の2日目は8月15日、終戦記念日の作業だった。
 早朝、集合したボランティアセンターで、ボランティアリーダーから「昨日のがれき処理とは違う活動です。おそらく、一番、きつい仕事です」と、不気味な(?)宣告を受けた。
 我々が向かったのは、このボランティアセンターから車で約30分、南三陸町の津の宮漁港という場所だった。
 現地で受けた説明によれば、漁業における養殖や、はえ縄漁などで使われる土嚢のオモリづくりだという。
 南三陸町は、漁業が基幹産業だ。その基幹産業が壊滅的な打撃を受けただけに、マチの真の復興には、まず最初に、漁業の再開は欠かせないはずだ。
 作業では、麻製の袋だろうか?この袋にひたすら、砂利を詰め込む。一つの袋はおよそ70キロ。それを2~3人一組で作り、決められた場所に運ぶのだ。炎天下での繰り返し作業。汗が滴り、着用した作業着は、たちまちびしょ濡れになった。
 聞けば、漁業で使用するにはおよそ20万袋が必要だというが、私がボランティア活動で参加していた15日時点では、まだ、わずか4000袋ぐらいだろうとのことだった。
 目の前に広がる湾は、べたなぎで、静かな海面だった。しかし、3月11日の震災では、津波と姿を変え、大勢の人命を奪うなど、猛威をふるった。信じられない光景だったに違いない。
 その影響で、養殖施設などが壊滅した。漁船もほとんどが陸地に打ち上げられて、大きく破損し、使い物にならなくなったようだ。
 作業をしながら、「一日も早く、元の南三陸町に戻ってほしい」。そう願わずにはいられなかった。






 
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[2011/08/30 21:22] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
南三陸町にて①
 南三陸町に入ったのは13日深夜。ボランティア活動は翌14日朝から始まった。
 現地のボランティアセンター本部を取り仕切っているスタッフに聞くと、お盆の期間中は、どのセンターも活動を休止したらしく(家族を亡くした現地の人たちにとって、新盆でもあったため配慮したようだ)、「お盆中、ボランティアを受け入れているのは南三陸町だけです」との説明もあった。
 この日、私に割り当てられたのは、新井田と呼ばれる地区のがれき処理だった。
 この新井田地区は、海岸線からはおよそ700~800メートル内陸に入ったところだ。今回の東日本大震災前まで、公営住宅が並んでいたという。実はチリ地震の津波による被災後にできた木造長屋の仮設住宅が、そのまま、公営住宅となったらしい。お年寄りらを中心に町民が暮らしていたが、今回の震災で、木造長屋は跡形もなく、姿を消したとのことだだった。津波のすさまじい力をまざまざと見せつけられた気がした。
 現地で、ボランティアリーダーから「大きながれきはすでに片づけています。それ以外のがれきを燃えるもの、燃えないものに区分けして集めてください」との説明を受け、いよいよ活動をスタートした。
 もともと、住宅があった地域だけに、ズタズタに引きちぎられた洋服やズボンなどの衣類や、財布、ビニール袋など日常生活で見慣れたモノがいたるところに散乱していた。中には、車のナンバーもあった。漁師さんが使っていたであろう、大きな魚網も土の中に埋まっていた。住宅の柱に使われていたと思われる大きな木片もあった。
 それにしても驚いたのは、スコップで土を掘り返すと、30~40キロはゆうにありそうな大きな石やブロックの塊が、いたるところで見つかったことだった。明らかに、津波によって流されてきたものであり、自然の猛威をあらためて痛感した。
 がれき処理をしながら、ふと気付いたことがあった。それは、この新井田地区を取り囲むように林立する樹木が、約10メートルの高さまで、枝葉がなかったり、また、紅葉のように茶色く変色していたことだった。海水を被ったことによる塩害だと思われるが、海岸線からこんな奥地に入っても、これだけの津波の高さがあったのかと思うと、言葉を失ってしまった。
 南三陸町では、仮設住宅が完成したり、また、プレハブでコンビニや飲食店が営業を再開をするなど、徐々にではあるが、被災者の生活を支える環境整備が進みつつあるようにも見えた。が、しかし、震災前の水準には遠く及ばないのも、また現実であろう。そして、ボランティアができる仕事は、無数にあることを実感した。復旧・復興にはやはり、行政の力だけでは不十分で、ボランティアの役割が、ますます重要になる気がした。(続)
 



 
[2011/08/24 01:30] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
一週間ぶりの御無沙汰です
 ブログ更新が一週間、滞ってしまいました。申し訳ありません。
 実は、お盆の休み時期を利用して、宮城県南三陸町にボランティア活動に行ってまいりました。さらにボランティアから帰ってきた翌朝からは、県議会の視察で、秋田、青森に行っており、ブログを更新している余裕がありませんでした。なにかと慌ただしい一週間でした。
 さて、本題のボランティア活動についてです。
 南三陸町には4月下旬、やはりボランティア活動で行った経験もあり、ほかのマチで何かお役に立てないかと考えていたのですが、あいにく、お盆の時期はどのマチのボランティアセンターもお休みでした。というわけで、再び、南三陸町に向かった次第です。
 およそ4か月ぶりの南三陸町でしたが、復興には、まだまだ時間がかかる---。眼前に広がる景色を目にし、そう思わざるを得ませんでした。
 港のすぐ近くにある4階建て病院の2階に乗りあげた乗用車---。4月に見たままの光景がそのまま残っていました。
 今回、現地では、がれき処理や、漁師さんたちが使う土嚢づくりなどに取り組みました。猛暑の中での作業でした。
 その中身ですが、一度では書ききれません。明日から、数回に分けて、現地の状況を報告します。
[2011/08/24 00:35] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
地域の要望
 北本駅の西口近くに、私の県政調査事務所を開設するようになって、徐々に、来客が出てきた。
 先日、ある元市議会議員の方が、ぶらりと訪ねてきてくれた。近くの美容室で、散髪した帰りだという。
 それで、その美容室のオーナーさんからの地域の要望を、この元市議の方を通じて、伝え聞いた。
 聞けば、商店や飲食店などが並ぶ北本駅西口の駅前通りが、夜間になると、真っ暗になるという。そのため、街灯を設置してほしい、というものだった。
 あらためて、日没後、この駅前通りを歩いてみた。たしかに、かなり暗い。駅前の繁華街とは思えないほどだ。
 これでは、安心、安全面で問題があるだろうし、マチの顔ともいえる駅前通りが、こうも暗いと、マチのイメージを損ないかねない。早急に対応しなければならない。そう痛感した。
 北本には100を超える町内会がある。それぞれの町内会には、急を要する喫緊の課題、中長期的に改善を図らねばならない問題など、さまざまに諸課題があると思う。その解決を図るのが政治だ。
 県議会議員になって、まだ3か月半。まだまだ北本市内を歩き足りないと思う。もっともっと多くの市民の人と出会い、市民の皆さんの声に積極的に耳を傾けたいと思う。
 また、北本市民の方も、ぜひ、私の県政調査事務所に足を運んでいただければと思う。
 私の県政調査事務所は北本市中央1-81(東和銀行さんの向かい)。
 電話番号は048・594・1600です。

[2011/08/13 13:13] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
姉妹商店街
 商店街の復活、活性化につながるかもしれない----。
 今朝の新聞朝刊に、そのモデルケースになるのではないか、と思える記事を見つけた。
 川越商店街連合会と秩父市商店連盟連合会が来月、「姉妹商店街」の協定を締結することを決めたという。
 具体的な協力として、例えば、観光情報コーナーの設置や、PRパンフレットの共同製作、共通のイベントやスタンプラリーの実施などを考えているという。
 川越、秩父ともに県内では有数の観光地だけに、観光客らを呼び込むことで、地域の活性化につながるのではないか。私はそう期待している。
 全国的に見て、どの商店街もいま、大変な経営環境にある。
 私がかつて暮らした北海道、例えば、函館や室蘭の商店街はまるで、シャッター街のようだった。
 市街地中心部から離れた郊外に、全国資本の大手スーパーなどが出店したがために、昔ながらの地場の商店街が苦しむ。全国どこでも、同じような構図ではなかろうか。
 特にマイカーが行きわたった現在では、その流れに歯止めをかけるのは難しいのかもしれない。国も近年になって、そうした流れを法律などで規制しようとしているが、後手後手の印象だ。
 私は、商店街というのは地域の顔だと思っている。商店街の活性化がマチの活性化につながると考えている。だからこそ、商店街の活性化に向け、政治の面で、少でもお役に立ちたいと考えている。



 
[2011/08/12 23:53] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
五所川原の立佞武多
 先日、青森県五所川原市で「立佞武多祭(たち・ねぷた)」と呼ばれる夏祭りを見学する機会を得た。
 立佞武多というのは、高さ20メートル強、重さ10数トンもの巨大な山車が、夕暮れから日没直後にかけて、五所川原市内を練る歩くお祭りで、平成10年に約80年ぶりに復刻したという。
 法被姿の若い男女らが「ヤッテマレ!ヤッテマレ!」と、威勢の良い掛け声を響かせながら、山車10数基が順々に市街地を練り歩く様子は勇壮そのものだった。
 沿道を埋め尽くした観客は、その偉容に圧倒され、魅了された様子だった。私も夢中になって、練り歩きをカメラに収めるなどした。
 私にとっては、初めての見学だったので、断言はできないのだが、今年の立佞武多はおそらく、昨年までとは雰囲気や祭りに込めた願いが異なったものだったんだろうと思う。
 それは、山車などに「がんばろう東北」の文字が刻まれていたことだった。
 3月の東日本大震災後、特に大きな被害を受けた東北3県の復旧・復興は思うように進んでいないのが現実だ。
 だからこそ、同じ東北人として、被災地への熱いエールを送りたい。一日も早く立ち直ってほしい。
 そんな思いが、ひしひしと伝わってきた。
 この夏の東北を代表する祭りはいずれも、復旧・復興を願って行われたようだ。
 そして、どの祭りも、これまでにないような熱気に包まれていたように思う。
 東北の人たちには、逆境を撥ね返すだけの力強さがある。
 今回の立佞武多を見学して、そう実感した。
 時間はかかるかもしれないが、東北地方が震災前よりも、さらに魅力的な地域に生まれ変わることを願ってやまない。
[2011/08/10 15:53] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
66年の現実
 先日、ある知人から、驚くような、そして、呆れてしまう話を耳にした。
 この知人は、会社の部下に「8月6日は何の日か?」と尋ねたという。すると、部下はしばらく考えた後、「分からない」と答えたそうだ。
 いうまでもなく、8月6日は広島に原爆を投下された日だ。1945年の同日、米軍による広島への原爆投下が、多くの無辜の命を奪った。あれから66年が経つ。
 最近、特に若い世代を中心に戦争の風化が進んでいる気がしてならない。知人の大学の教員も、授業の中で、8月6日、8月9日、8月15日がそれぞれ、どんな日なのかを尋ねても、歴史を正しく認識している学生はごくごく少数だという。 
 世界唯一の被爆国、日本。当然ながら、その歴史は当然、学校で教えられていると思う。私も学生時代、学校の授業で教えられた記憶がある。その教育がいま、しっかりと行われていないのだろうか?それとも、歴史に対して無関心ということなのか?
 何の罪のない多くの命を奪う戦争の悲惨さを2度と引き起こさないために、そして、多くの犠牲の上に、今の平和が成り立っていることを忘れないために、特に若い世代は、戦争の歴史をしっかりと学んでほしいと思う。
 きょう9日は、66回目の長崎の「原爆の日」である。
 

 
 
 
 
[2011/08/09 08:38] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
責任を取れぬ経済産業大臣
 海江田経済産業大臣が、事務次官ら3人の首脳を更迭した。
 3月の東日本大震災後における、経済産業省の東京電力福島第一原発事故への対応などを考えれば、今回の人事は当然のことだと思う。国民も大半は、経産相の判断を妥当なものだと考えているのではないか。
 しかし、経産相自身はどうなのか?
 海江田経産相は一度は辞意を漏らしながら、まったく辞める気配がない。国会という国民が注視している公の場で、涙を流したりと、全く、大臣にふさわしくない態度まで晒してしまった。
 そもそも、政治家とは結果責任が問われる職業である。今回の原発事故への対応を鑑みれば、まず、責任を取るべきは海江田経産相自身ではないのか?
 もしかすると、大臣という立場にしがみ付いていたいだけなのではないか?そうとしか思えない。
 菅首相をはじめ、責任をとれない政治家ばかりの民主党って、一体、何なんだろうか?
 官僚に責任転嫁ばかりの今の民主党政権では、もう、日本は持たないと思う。
 我々自民党がしっかりせねば。私は毎日、そう考えている。 
[2011/08/05 23:56] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
ワースト投票率
 埼玉県知事選が終わった。このブログでも、何度か知事選を取り上げ、投票を呼び掛けてきた。
 投票に行ってくださった県民や北本市民の皆さん、ありがとうございました。
 実は今回の知事選、有権者の皆さんの関心の低さは肌で感じていた。だから、本音は「最低でも前回投票率を上回るように、できれば30%超に」と思っていた。しかし、これほどの投票率の低さは想定外だだった。
 前回4年前は27.67%、そして、今回が24.89%。
 全国の都道府県知事選では史上最低の数値だった。
 理由はいろいろあると思う。共産党以外の与野党相乗りで、候補者の選択肢が多くなかったこと。争点がぼやけてしまったこと。国民の間で政治不信が強まっていること、などなど。
 しかし、だからと言って、投票を棄権してもよいということにはならないだろう。
 私は実は、31日の投票日、開票所で立会人をした。それで、投票用紙の確認をした。無効票をみると、「適格者なし」という記述をたくさん見かけた。
 それも一つの意思表示であり、決して間違った行動だとは思わない。
 問題なのは、投票にすら行かないケースだ。こんな低投票率では民主主義国家などとは言えないと思う。
 投票は義務ではなく権利だ。政治を良くするのも悪くするのも、投票という有権者の判断次第である。
 もちろん、我々政治家が反省すべきことはたくさんあると思う。
 いかに、有権者に投票所に足を運んでもらう政治をするか、それを心がけて政治に当たりたいと思う。
 2年後には参院選もあるし、衆院はいつ解散するか分からない状況だ。
 だから、有権者の皆さん、自分たちの将来は自分たちで決める、という意識を持って、必ず投票に行って欲しいと思う。
 
 
 
  
  
[2011/08/02 08:45] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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